日々繰り広げられる30匹の猫達との戦い


by kikisora

母は少し良くなった!

先日、半年毎の介護認定のため 母をつれて 病院へ
行ってきた。母は相変わらず「誰が診てもらうんやぁ?」をくり返し
「お母さんの健康診断のために来たんやよ。」「わたしかぁ。ふ〜ん」
と言っている間に 看護婦さんが待合室まで来てくれ 血圧を計った。

わたしは、医者に呼ばれ 診察室で いろいろ質問された。
「今日は 意見書を書かねばいけないので 少し時間がかかりますが
よろしいですか?」
「以前のように 長い時間MRIにはいるのは やめていただけませんか?」
「そんなら、それはやめておきましょうね。」と優しい老医師は答えた。
「お母さんの方はレントゲンをとり 簡単な前もしました知能テストを
しますので、その間 私の質問に答えて下さいね。」と言われて
話している間、母の声が聞こえる。

「知っている野菜の名前を言って下さい・・?」という声が聞こえ
何か 答えている母の意外と大きな声がする。
「レントゲン室へいきましょう」と 看護婦さんにつれられ 廊下を
歩いて行った。

待合室には 私の姉が座り待っていたら 母は一人で戻って着たとの事。
方向音痴の姉よりましではないか!!

そうこうしているうち、一時間の時が流れ 検査結果が出た。
「あ〜! 前回は30点中-11点だったけど 今回は14点になったぞ。
表情も良くなったね。」と聞き 本当に嬉しかった。

案外、奇跡的に治ったりして・・と思いながら淡い期待に胸を膨らませた。
車の中で「ね〜ぇ お母さん!この歌 知ってる?」と美空ひばりの
歌を流した。

「知ってるよ!川のながれのように・・やろ? 天才やね。」と
口ずさんでいるのを見ると 普通じゃん。
「ところで じーさんはどうしとる? ネコに指を噛まれて入院
しとるんかぁ?」

あれほど 何度説明しても 「な〜んも解らん!」と聞こうとしなかった
のに ネコに噛まれて・・と言ったぁ。
私と姉はびっくりして「すご〜い!」を連発した。でも、直後に再び
「じーさん どこにおるんや?」をくり返すので 違う話題に
変えるのに 必死。こんな時 孫の空ちゃんがいてくれれば・・
と何度 思ったことやら。

4人で食事した。「おいしいね。」とぱくぱく食べ 「もう入らん!」
と満足げな顔を見ていると 顔が丸くなっている。
丸くなったおかげで しわがなくなり 若くなった。
これは 毎週の食事のせいかも・・と 次回から少し気をつけねば
糖尿病の母と私には やばいぞ。

母にバイバイをして 次の時は白峰の観音様へお参りにいこうね!と
約束した。
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# by kikisora | 2005-06-10 16:20
久々のブログだ! 何やかやと 目まぐるしく一日が過ぎて行く。
しんみりと考える暇がないくらい忙しいのだ。

頭を常に ぱっぱっと切り替えないといけない。
現状に立ち向かい わたしは腹をくくったのだ。切り替えた途端 
宝石店を経営しているわたしは みんなに甘えていた部分が
あった事に気付く。

母の事、父の事、ネコの事を優先してきたわたしは みんなに夢を売る
仕事の部分が後回しになっていたのだ。

仕事の時は 全身全霊そこに集中しなくてはいけないのに・・。

母は笑顔を取り戻した。冗談を言うようにもなった。先週は いつもの
ように施設へ送って行った時、「来週また迎えにくるよ!すぐやから
待っててねぇ〜。」と手をふると 私の孫が「ばばぁ〜!」と
おりて行こうとする母の後ろ姿にわ〜んと泣いた。
すると、母がこう言ったのだ。

「ちょっちゃん!また すぐ会えるからね!バイバイ・・。」って。
御飯を食べる前に海の近くへドライブした。
父は 少し小高い所の休憩場所に母の手を取り座らせた。

見下ろした所の駐車場で フリーマーケットの安い衣類やシーツ
などが段ボールに入れられ 売られていた。
わーっ このシーツ200円や!と思わず買ってしまった私だが
その時、母が父に「なすの苗をあそこでうっているけど、買わんで
いいんか?」と言ったらしい。

父はその時、まともな会話をしている母にびっくりした・・と帰って
から話していた。
何がどういうふうに 母を刺激しているのか解らないが 良い方向に
進んでいることは 間違いないように思う。
いっぱい 楽しい思いをしてほしい。孫の空ちゃんのおかげなのか?
はたまた 薬がきいているのか? それとも 呪詛返しの効果なのか??

そう言えば 先日 隣りの「フクちゃん」が死んだ。
前にも書いたが 台風の日に迷いこんできたメスの三毛猫だ。
野良猫と呼ぶには あまりにも人懐こいネコですぐだっこ出来たのは
誰かに飼われていて 迷子になったか 捨てられたか?のネコに
違いない。

この子から ネコが増え続けていったのである。
このフクが何歳なのかは不明だが 一ヶ月程前から 家の中にどうしても
入らず、外の物置きから出てこなくなっていた。
しかし、「フク〜!」と呼ぶと物置きから「にゃぁ〜」と返事をして
餌を食べに奥からでてきていたのである。

物置きの戸を少し開いておき 外にも出れるようにしてあったのだが
父が「フクが痩せてきて 餌を食べなくなったぞ!」と言うので
見に行くと確かに痩せており 目が汚くなっていた。そこで 抱いて
家の一室へ段ボールを置き、その中に座ぶとんを敷いてあげた。

翌日、フクは動かなくなっていた。私と父は冷たくなってしまったフクを
弔うため花を買ってきた。花でいっぱいにして お参りをした。
父も私も何だか 泣けて仕方なかった・・。

父が難聴者であることは前にも書いたとおりである。その父に携帯電話に
小さい機械を付けて耳の近くの骨からの振動で聞くことが出来るという
もののモニターにならないか・・とのFAXが届いた。

父のように途中から聞こえなくなった人には最適らしい。
願ってもないことで 二つ返事で受ける事にした。
わたしは、常々 地震や火事やなにかの災害があった時 サイレンがなり
私達の町でも 放送がはいる。が、私達でも聞こえにくい言葉が
果たして この日頃 全く聞こえない方々はどうするのだろうと・・。

目で見る事はできるのだから 消防車などはマイクで伝える他に
大きな字で知らせることはできないものなのか?
または、うちの父のように 高齢者は携帯電話の単純なものが良いと
思うのだが、最近は機能が多すぎるのと いたずらメールなどが多い
から それを消す(削除)こともできないでいる。

便利になったかも知れないが 高齢者にあれほどの機能は必要無い。
むしろ、小さいパレット式のものを持たせ 単純なボタンを押すだけの
機能のものを出すところはないものかと考えている。

情報があれば これを読んで下さった方に伏してお願いしたいと思う。

父にも 生きがいをもって生活してほしいと願うわたしであった。
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# by kikisora | 2005-05-22 19:07
火曜日の定休に合わせ、その日の夕方は 母の居る施設へ
母を迎えに行き 夜 みんなで食事をする。

今週も 姉、娘、孫と私で施設の部屋へ迎えに入って行くと、母は大きな
ダイニングテーブルに他数人のお年寄りの人達と座っていた。
「お母さん! 空(私の孫)ちゃんも来たよ!」と手を降ると 
満面の笑みで 「ちょっちゃん(空)きたんかぁ?」と近寄り 
頬ずりしてきた。

姉と手をつなぎ、私の車に乗り込んだ。いつものごとく「わたし、夢みて
るんかねぇ?今、どこにおったんやろ?施設にあずけられとったんか?」
これは、毎度である。

横に座っている孫娘の空ちゃんをみるや 本当に嬉しそうにしている。
私達が 童謡を唄うと母は一緒に唄い 驚いた事に古い童謡ほど
全部唄う事が出来る。

20分程走らせた頃、可愛い色合いの公園が見えてきた。
そこで、孫を抱っこして 長いすべり台に乗るときゃっきゃっと喜び
何回も乗ると催促する。おしりが痛〜いぞぉ〜。

5回程乗った時、母が突然 「私も 乗るわ・・。」と後ろから
すべってきた。みんな びっくりした後、大笑い。
父も負けじと滑り降りてから母と手をつないでいた。

あったかいものが 込み上げてきた。

みんなで居酒屋へ行き、乾杯! 母はよく食べる。みんなが
「これ、食べる?」と言うと「うん!食べるわ」とぱくぱく・・。

帰りは 施設へ再び送り 中へ送っていくと「わたし、ここに居ればいいんか?」
と 幼い瞳でバイバイをした。

運転しながら 「これでいいのか?」と無言。
今、私がやれることは この程度なのである。
もっともっとしてあげたい事がたくさんあるような気がするが、
私の力の無さに自己嫌悪に陥る事 度々。

朝起きると、父が新聞を読んでいる。背中がひとまわり小さくなり、
足が痛いという。 そういえば、最近 歩き方がよちよちしている。
この人の生きがいは 何なのだろう? 寂しそうにしていると
身につまされ 大きな声を出して呼びかけても難聴の父は聞こえない・・。
「お〜い!じーさん! ハゲ頭ぁ〜。」し〜ん・・。
「長生きしてくれよぉ〜!」し〜ん・・。

人間は 本当にきりのない欲望をもち、この山さえ越えればと頑張る。
その山を越えると また繰り返し大きな山が立ちはだかる。
満足できないんかいな。

30匹のネコ達も 今のところ無事すくすく育ち 毎日 仕事帰りに
姉も見てくれ 父が犬を散歩に連れていっている。
何とか 日々過ぎていっている。

避妊出来なかった雌ネコが オスを去勢する前にどうやら妊娠してたらしい。
3週間程前?に2匹の子を産んだ。 昨日見ると まぁるい顔で真っ白な毛に
ベージュ色の入ったしっぽの子と縞柄の本当に可愛い子が2匹 とことこ
歩いている。頭が大きく顔の下の方にまんまる目とおちょぼ口の美猫である。

これで 30匹は超過した気がする・・。悩みは尽きない・・。
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# by kikisora | 2005-04-29 13:56
私の夫は 一風 変わっている。
何が変わっているって 26年生活を共にしてきて 未だに
解らないことの方が多いかも知れない・・。

結婚した当時から 我々には見えないものが見えている。
それは、娘が4才の頃貸家に住まいしていた時から すでに
始まっていた。1階に和室が3室、台所、お風呂と2階に
洋間1室、和室1室に庭がついており 3人家族にしては
十分な広さがあった。

私達は2階の和室に 川の字に娘を真ん中にして 寝ていた。
ある夜、娘はすっかり寝ていたのだが 急に夫が「あれ〜!
そこにいるのはタヌキかなぁ・・。」とカーテンのかかった
方を見て笑いながら言った。

私には 何も見えないので「あ〜ん??どこに何が見えるン?」
というと 茶色の毛をした小さな動物が見えるという。
目をこらしても さっぱり見えない。気持ちわるいなぁ・・と
思いながら2〜3日経ち庭の草むしりをしていると 
引っこ抜いた大きな草の根の所に 直径30〜40センチくらいの
瓶(かめ)の蓋のないものが見えた。

何だろ?と思い土の部分を掘ってみたら 明らかに動物の骨
が出てきた。しかも 背骨の部分と思われる形で びっくりし
て 夫に告げた。

「あ〜。これはきっと 前住んでいた家の人が飼っていた犬に
違いない」と。 どうも家の中で飼っていたタヌキみたいな
犬だという。「それで 寝室に毎晩でてきていたんや!」と
話したが こんな会話を誰が信じましょう??

ある時は、夫の寝ている顔が息をしていない死体のように
見えたので 揺り動かすのもためらわれ しばらく様子を
見ていたら目を開けた。「死んでいるのかと思ったよぉ〜」
と言うと「あーワシ 今 自分の体から抜けて どんどん
上へ上がって 空を飛んでいたという。

「え〜〜ぇっ??」わたしの頭は ?マークでいっぱいに
なった。その頃は 言葉では幽体離脱という事を聞きかじって
いたが、本当なのかは 解らない。

夫はその頃は 北陸3県を車一台で外商しており いろんな
ものが見えたり(昔あった出来事)あてたりしたものだから
噂となり 家へ訪ねて来る人も少なくなかった。

やがて、仏教徒である夫は 今まで学んだ事から どうして
こうなるのかを説きはじめたのである。
私は ある宝石店に勤務しており 夜遅く娘を実家に迎えに
行き帰ると、すでに2〜3人の人が家へ相談にきており
一般の人達がいう一家団欒の形にはならなかった。

能登のある民宿へ夫と数人の仲間と泊まることになった夜
「今日は何かが起きるぞ!」と思っていたら 案の定
みんな眠れずにいたら 玄関の方から「ブゥオー ブゥォー」
という音がして みんなを守るためにすごいエネルギーを
出し、お経?を唱え結界をつくったらしい。

瞬間、みんな動けなくなり 真っ暗な中すごい勢いで入って
来た化け物に「おまえは 誰だ!」と心で聞いたところ
「バンビ・・。」と言ったそうだ。
その後、結界をとき 「もう いいぞ!」パンッと手を
ならしたら みんなひっくり返って 恐怖ですぐには
動けなかった・・とのこと。

翌日、店主に聞くと 子供のように可愛がっていた「バンビ」
という犬が居て 亡くなってから庭に埋め泣いていたそうです。
犬のバンビは自分が死んだことを認識出来ずに いつものように
遊び 家の人に会い・・としていくうちに 何年か経ち
そこに一つの流れが出来 他の死んでいる化け物がバンビに
くっついていった・・と聞いている。(ちょっと聞いたのと
違っているかもしれないが 大きくは違っていない)

勿論、民宿を出るとき 庭のバンビのお墓に手厚くお参りして
ちゃんと その世界へいけるよう お経を唱えたのであった。

こんな事は日常茶飯事で 私は頭が変になりそうだった。

数えると キリがないのだが「ワタシャ 宇宙人と結婚したのか??」
信じられない話を今回書いてみましたが、信じられますか??

勿論、現在は表だったことは 控えめになったが 家庭人には
なれない人だと思う私である。 やっぱ!宇宙人や!! 
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# by kikisora | 2005-04-16 18:02
ネコが30匹余り居ると 2〜3日に一度 餌を補充し
砂を買わねばならない。幸いにも 近くにドラッグストアーがあり
カートに山盛り積んだネコ餌と砂 そして犬の餌にシートと
まるで 動物園の飼育係りさながらである。 

レジへ行くと 「いつも有難うございます!」と声をかけられる。
運ぶのが これまた一苦労なのだ。 腰やら手は いつも筋肉痛。

退院してきた父は 少し戸惑いもありおろおろしていた。

癒し系の「あずき」が ようこそ!とばかりに顔を近づけ キスをする。
このネコは かなり頭の良い子である。家のドアは全て開く事が出来る。
ネコの出入りをさせないために 和室に入る戸はかなりの重さにして
あるのだが 難なく両手で引き戸をスーと開ける。

ようやく、隣のネコ達は逃げなくなってきた。そればかりか すりすり
と 頭を擦り寄せてくる人懐こい子もいる。つくづく 持って生まれた
性格ってあるものだと思う。

父も動物がいるからこそ、散歩にも行き身体を動かしたり出来る
感じである。いわば、「おかげ様」なのだ。

そう考えると 物事 自分の考え方つまり意識一つで 状況が良くも
悪くもなるような気がしてきた。
一番最初に これでもか!と次々襲ってきた出来事が 案外 自分が
怯えれば怯えるほど 大きくなってやってきた。

恐怖は滅亡へと 追いやる。まるで、悪魔のような誰かが見ていて
「アハハ・・!」と笑いながらマインドコントロールされている
自分がそこにいるのだ。

「こんなにしんどかったら、こんなふうになったら 私はもうだめ!」
と思うと あの時 さらに悪い方向に行っていた・・。

学習したことは、強く思うと良いことも悪いことも そのように
なっていく。必ずと言っていいほど 恐怖はどんどん大きくなり
不幸なほうへ向いていく。そんなときは 嵐が過ぎ去るのを待ち
たんたんと こなしていくのである。

今は 「悪魔よ!ざまぁみろ!あんたの思うようにはしないし
私の笑いで消してやる!」と心に唱え こなしている。
すると、まず、まわりが変わってくる。

やれるだけ やってやろうじゃないか!と 全てを受け入れた
私がいる。

現在、1週間に一度 母を施設へ迎えに行き みんなで美味しい
ものを食べに行っている。 私の孫と姉が迎えに施設へ入っていくと
嬉しそうな顔の母が ひ孫を見て「かわいいねぇ!」と抱き上げ
まわりを びっくりさせる。

これで4〜5回連れ出しているが、明らかに穏やかで にこにこ顔
の母は変わった。 私達も変わったからだと思う。良い方に歩み
だしている気がする。

私は、ささやく悪魔には 絶対屈しない! たんたんと生き抜いて
やる!  そして「夢」を実現化していくため頑張ろうと 心に
固く誓った。
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# by kikisora | 2005-04-10 15:15

呪詛返し?を試みる!

母をS園においてきたものの、あの不安げな表情と
ぎゅっと握っていた手のあまりの強さが とても気になる。
「大丈夫だろうか?ちゃんと部屋へ連れていってくれただろうか?」
など 私の不安も尽きることがない。

翌日、もう1つの店で催事がありそちらへ向かう途中、S園から
電話が入った。「うちの前に入っていた施設から電話があり
退所された人が入院して検査の結果、結核菌が出たそうです。
かかっていた医院なりで今すぐ検査してきて下さい!」と
連絡が入った。

「今すぐは無理なので、近くの病院へ連れて行ってもらうことは
出来ないでしょうか?」と言うと「ショートステイの方は 規則
で連れていくと言うことはしてないんです・・。」
そういえば、ショートステイの規則に書いてあったかも・・。
しかし、もっと人間的な対処の仕方はないものだろうか??

結果、近くの医院へ連れていき検査してもらい何ともなかった
のだが・・。
笑いが消えてしまった母を 何とか楽しく過ごさせてあげたい。

祈りにも似た思いから 元の施設に戻すことにした。
そして、もう一度 専門の病院を紹介してもらう事となった。
さすがに、痴呆等の専門医や看護婦さんが揃っているので
接し方が慣れており、穏やかで優しい。

レントゲンを見ながら、「アルツハイマー型痴呆症ですよ。
もう少し初期の段階なら治る事もあるのですが、ここを
見てご覧なさい。ほら、黒くなっている部分がここにも
あるでしょう?」と海馬のまわりが黒く映っている。

「娘さんは、お母さんにどうしてあげたいですか?」と
問われた。「いつも笑みのある明るい心の状態でいて欲しい」
「分かりました。余り強い薬は使うと糖尿病にも影響があるので
弱い薬を出しますので 飲ませてみてください。」と一日3回
の薬を頂き翌朝から飲ませることにした。

元の施設に戻ると、大きなテーブルに座っていた方達が
「あら!お帰り!しばらく見なかったら若返ったみたいやねぇ。」
とみんなが声を掛けてくれた。 母はその雰囲気を察知したのか
にこっと微笑んだのである。

こう次から次へと事が起きるのは、何かあるのかな?と考えた。
良いふうに考えれば 寸前の所で救われている気はするが・・。

頭の隅にこびりついている事が思いだされた。
母の実家でのネコ事件の事である。 あの時 隣人が玄関の隠れた
所に「待つとし きかば 今帰り来ん・・」のあの言わば呪文である。

あれは、解決しているのだろうか?
私は 思い余り夫に相談した。「よし!そんならワシが言う通りに
してみないか!」と呪詛返しなるものをはじめた。

百人一首から これとこれと・・と3枚の歌を選び 1枚を玄関
の所から母の実家にむけて色紙に書いてくれたものを置いた。
もう1枚を母の居る方角に。そしてもう1枚は観音様を祀ってある
後ろ側に 言われた通り置くことにした。

これによって どう変わるかは分からないが 爽やかな気が流れた
ように思えたのは 私だけではなかった。

そして、数日後 今いる施設から連絡があり、「お母さん ずいぶん
変わったよ!介助なしでご飯は食べるし唄うようにもなったんよ!」
耳を疑った。私と姉は「え〜っ!唄うってぇ〜!」驚きと共に
救われた思いがした。

果たして これは薬が効いたのか 呪詛返しのせいかは定かではない。 
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# by kikisora | 2005-04-04 13:45
母は介護度3と認定された。
一体、痴呆とは 病気になるのだろうか?
もしそうなら 徹底的に調べて治すことが出来るなら
薬を飲み、少しづつでも治療できないのだろうか?

そんな疑問を持っているとき ケアーマネージャーが
ショートステイが出来て そこに特養があるので 
申し込みを同時にすれば入りやすいのではないか?
との提案から今いる施設を出て S園というところに入る
事となった。

S園は隣りに大きな病院が併設されており 特養は終身で
ショートステイ12名くらいを その特養の人達と一緒に
見てくれるのである。

一つ気掛かりなのは、夜5名で126名くらいを見ている。
建物は非常に立派なもので 清潔さもある。
ただ、重度の人が多く寝たきりの人や各階の食堂には
ぼーと座ったままの人や わき目もふらずこぼしながら
食べ続けている人 何かが足りない・・と感じるのは
何故だろう?・・と思いながら担当者と責任者に会い
いろいろ説明してもらった。

「いろいろご心配でしょうが、どんどん状態は
進んでいくことを思えば 長期戦なのですから
ご本人も慣れていくのを 待つしかないですよ!」

何か、腑に落ちないまま そこに預かってもらいながら
いろんな所を見て歩いた。そして、2日が過ぎ月に一度
コンタクトレンズの交換の為 母を外出させる日
となった。

迎えに行くと、受付の所でうなだれて静かに待っている
母が居た。私達の顔を見るなり 「ここ、何処やいね。」
と立ち上がった。その顔を見て ベテランのヘルパーさん
が「あら〜こんな顔初めてみたわ。」と言った。

 表情がいつも暗いのか?・・。胸が痛んだ。
眼医者は 女医さんで本当に優しく接してくれる。
すぐ終わり「また、来月来て下さいね・」と安心した。

思えば、「こんな事情で施設から連れていきますので
月一回 今後、見ていただけますでしょうか?」と
伝えると とても嫌な声で断られた。ここだけが
快く返事をしていただいた。(何故なの?)

その日は 美味しいものを食べさせて 施設へ送って
行った。6時頃であったせいか 職員はほとんど
帰って 残って居る人は夜勤の人達である。

部屋へ連れていっても誰もいなくて 薄暗い中に
一人、寝たきりの方が半分起こされたベッドから
こちらをぼーっと眺めていた。

そこで、前の食堂のイスの所へ連れていくと やはり
誰も居ない・・。「誰か居ませんか?」やっと奥から
若い女の子がやって来た。 
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# by kikisora | 2005-04-02 20:05
父の入院、母の入所、ネコのお世話・・と一挙にやってきた!
そのため 私は目の回る忙しさとなった。しかも 外は冷え込み
雨やら吹雪やら雷やら・・。くら〜い日々。

「♪春よこ〜い  は〜やくこ〜い♪♪」思わず口ずさむ
 ワタイであった。

まず、朝一番 うちのネコ9匹のお世話をして 隣の家へ行き 
犬のモモちゃんを庭に出してやり 21匹のネコとの戦いが始まる。

ネコトイレは まるで公衆便所なのだ。糞尿を 袋にせっせと入れて
いるそばから 横目でちらっと見ながらウンチしている。よく見ると
面白い顔をしてがんばっている。「アンタ達の名前をつけなくっちゃねぇ
アンタは 歌舞伎の七之助じゃ。」本当に似ている。

庭に出ているモモを この晴れ間に散歩せねば・・。
周りは一面 雪の原。田んぼ道には 私とモモの足跡が白いキャンバス
に描かれた絵のように 点々と曲線が続いていった。

たんたんと歩いていると 気持ちが妙に穏やかになっていった。
「何とかなるさ! ケセラセラァ〜」でっかい声で叫んでみた。

これを終えると父の入院先へ洗濯物を届け、次は 母の所へも洗濯物を
届けねばならない。
父の個室へ顔を出すと、「お〜!来たか・・。ばぁさんはどうなった?」
ぐるぐる巻きの包帯は痛々しいが、顔はいたって健康!いや、むしろ
若返った感じがする。

「はい!ご飯ですよ!きれいに食べてくれるから安心やわ。」と優しくて
若い看護婦さんが昼ご飯を持ってきた。
みるみるうちに、食べ尽くす父の姿は あのまま、家で母を見ていたら
ノイローゼになり、倒れていたのではないだろうか?
これは、神様が与えて下さった休息だと思えた。

母の施設へ洗濯物を持って入ろうとするが、足が前へ出ない!
「私を捨てたんやろ?」と追っかけてきた姿がどうしても脳裏から
離れない・・。自分の心の整理がまだつかない・・。

正面玄関へまわり、「・・ですが、母の様子はどうでしょうか?」と
聞くと 「相変わらず、私は何でここにいるんや?家へ帰して!私は
捨てられたんか?」を繰り返して ヘルパーさんは その都度
「大事な人しか ここはお預かりしてないんよ。おじぃさんが
退院したら迎えにくるからね。」と言うが 「何のことや!私 何も
わからん・・。」とふさぎ込んでいるらしい。

ますます、顔を見る勇気がない・・。洗濯物を置いて顔を見ず帰った。

暗い気持ちのままに会社に着いた。
誰ともしゃべりたくはなかった。 申し訳なさでいっぱいだが笑えない
自分がいる。 母は慣れていくのだろうか?

ケアーマネージャーが来て「特養の申し込みをどんどんしておいた方が
いいですよ。どこも順番待ちですから・・。」資料をたくさん持ってきて
くれた。「特養と老健はどう違うんだ??グループホームって 一体
何??」ちんぷんかんぷん 分からないぞ?

私と姉は 休み毎に自分たちの目で確かめることにした。

その日の夜から 姉も手伝ってくれ隣のネコ達のお世話となった。
とにかく、餌代だけでも ばかにならない金額である。
避妊、去勢だけでも30万のお金がとんでいった。(涙)

2〜3日後 隣の押し入れから 2匹の子猫が出てきた。
「誰の子やぁ〜」 あの大きいトラネコ「トーラ」がお父さんだ!
同じトラ柄のカワイイ赤ちゃんが誕生したのである。(どぉーする)

中島みゆきの曲がまた流れた・・。♪道に倒れて 誰かのことぉ〜♪
(あ〜どうするんじゃい)

      トーラの去勢にふみきった!(ごめんねトーラ) 
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# by kikisora | 2005-04-01 16:06
手術を終えて 痛み止めの大きな袋をぶら下げ 手を上に吊り
眠っている父の顔を見ていると すまなさで心が張り裂けそうになった。

小さい宝石店を経営している私は、何かと父母におんぶに抱っこの
生活をしてきた。娘の事も家の事も・・母に甘えてきた感じである。
そして、若い頃から難聴者としてはがゆい思いをたくさんしてきた父が
ここ最近、母のことでノイローゼ気味になっていた事も 私は分かっていて
眼をつぶってきたのではないだろうか?

仕事にかこつけ、避けて通ってきたのでは・・。私こそ気弱で憶病者
なのかも・・。そんな事を思いながら父を眺めていたら うっすら眼を
開けた。 

「お〜!もんのすごく痛くてな。わしゃ思わず横の看護婦さんの手を
力いっぱい握っとった。右手の手首まで痛いわ。あんな痛いことは
わしの戦争のときに落馬した時以来や!」と興奮気味に言った。

私は、「若い看護婦さんの手を握れて 良かったやない。まず第一
痛いと感じるということは、お父さんが生きとるってことや。」と
紙に書いて見せた。 照れるとまゆ毛を動かす癖のある父が
ますます眉を段違いにして笑った。

「母さんの事と ネコと犬のモモを頼むな。」と言い 再び眠りに
ついた。

私は、姉に頼み「今晩 お母さんと一緒に寝て欲しい。3人で寝よ!」
と頼んだ。明日は施設に連れて行かねばならない・・。

その日の晩 家の座敷に3つ布団を敷き 母を真ん中にして寝た。
夜さすがに眠れず、薄明かりの電気を何気なく見ていると 母が
「えっちゃん!あそこに寝ているの 誰や?」と背中をつつく。

その指の先を見ると 姉がすっぽり布団をかぶり背中を向けている。
「あ!あれは マサコや。」「マサコか〜!じーさんは?」
「じーさんは、ネコが噛んだ指が悪化して 手術して入院してるんや。」
「えっ!入院?ほんなら私が行かなならんやろ!」
「優しい看護婦さん達が ちゃーんとついててくれるから 大丈夫や。」
「ふ〜ん・・。で、あそこに寝ているの 誰や!」
この会話を 一晩中 繰り返した。

翌朝、私と姉は不安でいっぱいの面持ちで 施設へ向かった。
大きい道路から小道を曲がり 村の中を過ぎる所にいきなり
大きなビルが建っていた。
(かつて 神経サナトリウムの建物として使用していた)


母の手を握り入って行くと エプロンをかけた40代くらいの女性が
「ここに座って下さい。」と大きなテーブルの所に母を座らせた。
私は 表を渡され記入し 部屋へ案内された。

まず、持っていった衣類やタオルその他のものに名前を書いて
にこにこ顔の感じの良い27〜8才の男性がチェックして4人部屋
のベッド横の棚に入れてくれた。

「最初、私のじーさんどこや?」と何度も聞くかと思います。
よろしくお願いします。と言うと「おじぃさん 愛されてますね!」
と緊張している私達に冗談を言ってくれた。

横をむいている間にさっと出てきた。いろいろ服とかを買って夕方
施設へ届けた。母と眼があった。「あんた!どこ行くんや。私を
こんな所に捨てて!家へ帰る!」とすごい形相で追っかけて来た。

私と姉の説明など聞くはずもなく、「捨てた」という言葉だけが
耳にこびりつき、「早く!お母さんを押さえていますから 出て
下さい!」と言われるまま 重い扉に鍵をかけ 耳をふさいで
逃げるように 施設を出た。

ずっと私と姉の会話はなく、くたくたのまま家に帰った。
家に着くやいなや 姉は泣き出した。
私は、「絶対 泣くもんか!」と口をぎゅっと結び もくもくと
ネコの世話をした。
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# by kikisora | 2005-03-28 19:20
父の手は、1月5日頃 少し良くなったかに見え、指の色も
元に戻りそうに思えたのだが 1月7日に再度「痛くて眠れない」と
訴え 外科の医者に見せたところ、「指の色が紫色に変わってきている
ので すぐ整形外科の方で診てもらって下さい!」とのこと。

レントゲン写真を見ながら説明して下さった。「すぐ、入院して下さい」
と言われ 「今日は母の件もあり、とても無理です。」と言うと
医者が「最悪、お父さんの腕を切ることになりますよ!何故なら 指の
両脇のケンが膿で溶けています。中を開いてみないと解らないのですが
指の機能は恐らく 戻らないでしょう・・。」と言われ 頭が真っ白に
なった。

「今日 手術ですか?」「そうです。今日の3時30分頃手術を致します
ので この紙に記入してサインを下さい。今から 心電図をとったり
時間がかかるので その間に入院の準備をお願いします。」
時計を見ると 11時30分・・まず、やることは何やろ・・母は??

携帯電話でケアーマネージャーに電話を入れた。
「今 病院にいるのですが、父が今日から入院することになって 母を
預かってくれる所がないか お願いしたいのですが・・。」
「分かりました!すぐ、手配してみましょう。」一旦 電話を切り
入院の準備のため 外へでた。

父はどうなる?母は?ネコ達は?仕事は? 頭がボーッとして 
同じ言葉がぐるぐると回る。
車の中で「えつこ!落ち着け。優先順位を考えろ!」と
つぶやきながら 家に着いた。

今は 父に姉と娘がついてくれているから任せて、え〜とコップと
歯ブラシとタオルと・・すべて揃えて 病院へ戻った。
個室を用意してもらい 私が着いた時 父は点滴をしている最中だった。
母は 相変わらずベッドの横に座り「この人 私のじーさんやろ?
何してるんや?うち帰るよ。」を連発している。

やがて、手術のため 看護婦さんに連れられ 点滴したまま手術室へと
父は去っていった。
娘夫婦は 1才になる娘を抱っこして「今からどうすればいい?」と
心配そうに言ってきたので「あとは ここにお任せしてあんた達は
帰りなさい」と帰ってもらった。

 お腹がぐ〜となり お昼ごはんを食べてないことに気づき、
1階の食堂でうどんを食べることにした。
私も姉も 咽に食べ物が通らず げんなり状態だった。

ケアーマネージャーから私の携帯に電話が入った。
「急であったのと 1月に入ってすぐなので1箇所しかなかったのですが
今から そこへ手続きに走れますか?」と言ってきた。
「電話を入れて 走ります。」と返事をし 聞いた場所へと急いだ。

金沢東在宅ケアーセンターという所で 夜7時頃にも関わらず 担当の
女性が待っていてくれた。
一応の手続きも終え、明日からショートステイで 入所となった。
母にどう説明するか? 心臓がばくばくと音をたて 何だか可哀相
になり 涙がこみあげた。
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# by kikisora | 2005-03-28 14:32